ケイサンブログ

デジモン好きなムシがお送りする、デジモンだったり違ったりな徒然日記。

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丁度100円レンタルやってた訳で。

 
 「魍魎の匣」、とある所にて話題に上がったらば、妙に気になってしまい(笑) DVDを借りて来てしまいました。アニメではなく映画の方を。以下はその感想です。ネタバレ注意。
 キャラクターではなくきちんと駒として受け取っているんだなぁ、という印象が強かったです。2時間ちょいという制限時間があるから、というのはそうなのでしょうが。やはりキャラ1人1人を描いて行くのは無理があるのでしょうな。「担う役目を全うさせる事」に重点を置いているのをひしひしと感じました。

 冒頭で兵士2人が~というシーンがあるのですが、アニメも観ている者からすれば木場修と関君かと思いきや。そこに榎木津と久保を持ってくるというのにまず驚き。榎さんの性格は型にハマらなそうではあるものの、ふざけた感じはあまり受けませんでしたな。そして「調査はしない」という言葉を口にしつつ――真面目に久保の作品全部を集めて目を通す様には吹いてしまったw ヤベェこっちの榎さんってば真面目だ!? 原作だったりアニメ(後者は外見が一目で分かる)は色素が薄かったり華奢そうだったり、更には子供か! というキャラクターも相まってどこか抜けているというか「柔」なイメージなのですが、映画では阿部寛さんが演じられているだけあってか硬派に感じました。ほっほほう。

 関君は、アレ。彼の担うモノ、こなすべき事は彼の性格あってこそなんでしょうな。「御亀様」こそやらなかったものの、御筥様の総本山に踏み入る為には彼のキャラこそが必要な訳で(笑) 彼が最初に出てきたシーンは鳥口君とのやりとりだったので少しばかり横暴そうな印象を受けたのですが、それは対峙した相手が鳥口君だったからなんすよね。他の人には結構及び腰なんだあの人。そこがとても忠実で、個人的にはニヤリ。

 敦っちゃん。敦っちゃんは……活発元気、ではあるものの。ボーイッシュ、ではないような。所謂「おばさん」のような、少年というよりやっぱりご婦人。女性的に元気の良い方になっておりました。良くも悪くも自分等と同じ目線、なのかな。ジャーナリストとして! ではなく個人的に、野次馬根性的に事件を追っていた様な。御筥様の元へは関君、鳥口君、敦っちゃんの3人組で行ったのですが、その時の敦っちゃんってば(笑) いきなり奇声を上げたと思いきや「魍魎が~!」とか言って倒れる。そして教主様が処置をしようと現れたとたんに目覚める(笑) 例によって身分だけ明かさせてご予約を~とか言われていたのですが、そんなもんすっ飛ばして儀式を受け取りました。流石や……!
 例によって鳥口君はマイクで様子を録音していたのですが、映画では性能が悪かったのか故障? しちゃったみたいで。しかしそこを敦っちゃんが京極に口頭で呪文を教えるのですな。そういう頭脳明晰さ(?)はなぞらえてありましたな。と、いっても頭の回転と言うよりは記憶力の良さ、か。

 滔々とした語り口が無い故か、はたまた所作が「見えてしまう」からか。得体の知れなさが無い、と言ったらいいか。見えちゃうってのはみんな詳らかになっていて。京極は原作よりも自分達に近しい存在だったように思いました。神主だったり憑き物落としだったり本屋だったりする。本来ただそれだけで得体の知れなそうな雰囲気プンプンですが、映画では常時仏頂面という訳でもなし「気持ちの悪い符合が~」とやや取り乱して見せる様も、きちんと登場してから間がなかった故か親しみやすさすら感じました。
 御筥様の元に赴き、禹歩をやってみせるシーンは地味に期待しとったに……いやカットはされとらんかったのですが! なんというか、ダイジェスト? 場面の切り替えと共に~というか、そんなのだったので、景色1と景色2とが混じっている上に音声無し、というような。説明下手っすけれどきちんとは写されとらんくてちょっぴり涙。いや、ちょっとはやったんだよきちんと。けれども、けれども……っ(好きなのは分かったから)
 こちらの京極さんは、元高校教師と言われても納得できますな。物腰が柔らかそう。普通にいそうだ、こんな先生(笑)

 久保俊公は原作でもアニメでもあまり表舞台に上がらず――あの文章の書き手が関君だと思える部分があるからか――こいつが犯人なの!? とびっくらする役目故。あんまり出番はないのですな。しかしながら猟奇事件(を扱う映画だと捉えとります)の物語だけあって……艶やかな怪しさというか、醸し出された不気味さが素敵でした。
 しかしハコへの執着心の印象は薄かったかな、と。設定的には美馬坂教授が御筥様発案者(つまり全ての黒幕)というスッキリ仕様になっていたので――そういう意味でも、役割の重要性は「事件を起こす」という一点のみだったような。最後実験体にされちゃうのもなぁ。気が付いたら、つーかいきなりだもんなぁ。

 木場修は――確か原作では、箱に関して云々、外装に関してかんぬん、という心理描写があったような。しかし映画ではごそっと諦められている故、ただの暴走刑事な印象しか残らんでした。彼が事件にこだわる(っていう印象も薄かったんですが)理由も、単に美波絹子という女優さんの1ファンだから、といった感じで。けれども……スクリーン、否。何度も観た銀幕を前に絹子さんの殺陣をそっくりそのまま真似る、素振りをなぞる木場修は個人的に好きでした。覚える程通ったんやな。彼はホンマに絹子さんが好きなんやな。なんて。けれどもだからこそ最後は――と思ったその最後ってば結構淡泊だったんすけれども。心理描写的に、というか。あまり感動はするもんじゃなかったですな。
 原作では彼なりの筋があり理屈があり、それを通している――という木場ですが、映画では我儘なおやっさん、って感じだったかなぁ。好きなキャラなのに、あんまり魅力を描写して頂けなかった気がする。そこはちょっと不満だぞ。不満だぜ。



 全体を通して見ると、「小説・魍魎の匣の映像化」とするのがしっくりくる。けれども、「小説・魍魎の匣」=「映画・魍魎の匣」としてしまうのには首を傾げる様な、やはり別物となっておりました。大まかではあれど私が感じたキャラクターの差異は上記の通り。展開やら細かいものを挙げていけばきりがないっす。それぞれの良さ、はあるのでしょうが。自分は小説の方が好みでしたな。ランキングをするのならば小説・アニメ・映画の順です。だからと言って映画が嫌いか、と言われてはNO! な感じ。
 映像だと風景やら人物の服装・言動(発音のニュアンスだとか)が「見える」。しかもアニメの様に描く訳ではなく一端作った物であれレンズを通して写している訳で、そういうものは一目瞭然。「戦後なんだ」と入りこむのは容易かったです。ついつい忘れそうになる(ムシクイは原作では金額(=物の価値)が出てくる時に思い出してる感じなのです)けれども、百鬼夜行シリーズの舞台は昭和なんすよね。
 そしてやっぱり、探偵・推理の話ではない。ここも一緒。加菜子を突き落としたのは誰なのかは中盤辺りで分かってしまうし、久保がバラバラの……というのも同様です。だから、ではないな。うむ。京極もあまり口が達者ではなかったので、妖怪の話、というのもまた違う。複雑な人間関係を描いた話、なのかな。私はそう受け取りました。久保俊公と美馬坂さんは事件のずっと前から面識があって~という設定になっとったんですが、そこは理由づけとするのに面白い展開だな、とは思いました。
 良くも悪くも実写なので、猟奇事件というのは凄くリアルでした。ぐふう。
 キャラクターもまったく別物、という訳ではなく。「あ、ここ……!」等とちょいと匂わせる所はままあって、そんな所を見つけられたらばニヤリ。けれども、どうせここまでするのならばまったく違ったキャラを、とも思わんくもなかった秋の空ともう1つ。
 右腕が発見された所とかね、久保お前いつ仕込んだんだよ!? って感じでしたがそういう展開の違いには純粋にニヤリとしました。こう来るか……!
 最後。最後は……アレでソレでこうなって、故に絹子さんはどうなのですよ。だから木場修は報われんのだ! 必要が無い、と判断されちまったのならばそれまで、なのですが。だから彼の魅力は半減以下になっちゃった気がする。ぐううう(涙) つーかホンマに脇役でしたもん。ぶっちゃけ彼はおらんくても良かった。ならば逆に……出してくれない方が良かった(愛故に) うむ。ホンマに好きなのに――彼ってば劇中なにしたっけ? ヤベエ本当に影薄いぞ木場修! だってお前……そりゃ……えーっと……。踊らされてただけ、か? 久保……に? いや美馬坂に? 陽子、に……?
 なんという木場語り。でも好きなんよ。だからしゃーない。映画だけの人は是非アニメや小説の木場も見てやってくれっ! と全面的に押し出したい。姑獲鳥のサブ主人公(っていうのはなんか変だ。だがそれは承知だ)が関君なら、魍魎のそれは木場修なんだよ。おれはそれを信じて疑わねぇ……!

 口を開けば木場の事にw 後言いたい事はBGMが素晴らしかったよ! くらいなので、今回はこの辺で。
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Comment

ヘイホー

 へーほー。
 やっぱそんな感じなんか。成程。――まあ概ね予想通りだね(メガネ上げつつ
 ただでさえ厚い、てか長い話だからな。普通の小説を映画化するってだけでも差異やらはしょりは目立つのだろうに、あの安定感(立たせたときの)だからな。そうかそもそもキャラからして何か違う具合だったりするんか。映画は映画なりのアプローチがあってナンボと作者が言っていたのだからあまり不平は言うまい。だがな。
 たとえ神が容認しようとも(わなわな)――お天道様が許そうとも(ぶるぶる)――この俺の目の黒いうちはッ! おばさんぽいあっちゃんなど決して許しはしないということをしっかり覚えておくがよ(ry

 しかしてこのムシクイとかいう男、一度話題に上ったくらいで映画までチェックするとは――さては素材はスポンジか何かではないだろうか。今度水でもかけてみるか。全部染み込んだらスポンジ、透けたら俺得ということで試してみる価値はありそうだ。いややっぱ俺得ということもないかもしれない、或いは損かもしれない。やめておこう。
 でも話題に上げれば――そして何らかの形で既に興味を持っている分野なら――いくらでも吸収してゆくというこの性質。うまく利用出来ぬものか(ぶつぶつ

 ヘイヘイムッシー。百鬼夜行シリーズにとても関係している話題なんだけどさぁ、サンタ服の女の子っていいと思わないかい? いいよねぇ。見ただけでも幸せな気分になれるってもんだ。クリスマスの馬鹿野郎と思っている奴でもメリークリスマスって言いたくなる。特に僕の大好物三点セット、関西弁・左利き・ショートヘアを兼ね備えた女の子とかいいと思うんだ。

 それと例の計画に関してなんだけども。一旦寝てなかなかに面白い夢を見ながら記憶を整理したところ、新しい案を思いついたんだぜ。ほら、君ぁたしか「変わってやりたいくらいだ」とかなんとか言ってたやん。あれを採用した案なんだがね。前の計画もそれなりに完璧だったが、今度のはもう自分でも怖いくらい完璧だ。
 概要はこうだ。
 Q太郎、ムシクイと接触する→二人、無言で向かい合う→Q太郎、ムシクイに歩み寄り肩に手をかける→顔をそっと近づける→力の限り頭突きをおみまいする→当然、二人の中身は入れ替わる→Q太郎、ムシクイとしておねいさんに近づき色々聞き出す→公然とペンちゃんに近づけるし一石二鳥

 自分の才能が怖いぜフッ(殴

2009.12.08 | Q太郎[URL] | Edit

ヨッシーアイランドの彼奴等は憎らしくも愛らしい――そうは思わないか。

 そんな感じでしたな。まぁハリポタからしてゴソッと感があった(冒頭とか。そしてそれ以外に原作から映画に入った著作物が無いので全部そうなのかは分らんのですが)故、内容の忠実さ、密度に関しての期待はありませんでしたが……やはり木場修太郎は……くっ(まだ言うとるんか)そしてあれだな。敦っちゃんも残念だったですな。しかし彼女を原作の敦っちゃんと思っちゃうのがいけないのであって「映画魍魎の匣」の登場人物ととらえれば元気が合って良いキャラクターだったんじゃないかな、と。あ、木場もそういっちゃえばそうなのか。だがしかし(省略されました)

 え? 得にならない? じゃあ仕方ない代わりにおいらがかけてやるからYシャツになりたまえどうしてだってんなもん決まってるじゃないかおれとk

 ちょw 鳥の描き方勉強してる時になんてこt
 挑戦状は確かに頂いた――だがしかし、問題はクリスマス、つまり12月25日にはとても大切な用事が入っているという事である? え? どんな用事だってははは仕方ないなココだけの秘密だぞ特別に教えてやろう――――――――――――――――――その日テストなんだよね。
 そしておいらは紋付き袴の探偵さんが見たいねえモンだけn(殴)
 和服って凄く良いと思う。特に和っていうのは京極夏彦先生も拘りを持っていらっしゃると聞きます。そして現代っ子でも正月くらいはそんな格好してても違和感ないと思うぜ創作の世界だし。なぁそう思うだろそう思え(蹴)

なーる。その手がありましたか流石は策士と誉れ高いQ太郎だぜ。
――手前の計画には瑕だらけだなコラ。
まずおいらもその場に居合わせたいんだって。それじゃあ意味がないんだって(そっち)

 ではでは。コメントどもっした!

2009.12.08 | ムシクイ[URL] | Edit

    




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