ケイサンブログ

デジモン好きなムシがお送りする、デジモンだったり違ったりな徒然日記。

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ゴホン。

 
 しば~らく、本を読めないような予感がするようなしないような。まぁでも実際読むんだろうね、ムシクイってば有言不実行が常だから(蹴)
 ――ゴホン。
 んな訳で。進むんだとしても進まないんだとしても、1度振り返ってみよう百鬼夜行シリーズのコーナーでっす。簡潔かも。
 以下からそんな感じで。例によってネタバレへの配慮はしておりません。

 そう言えば、アキヒコさんとアツコさんって、名前の最初と最後が同じ音なんですね。今更ながらにどうでも良い事でした。
「百鬼夜行―陰」/京極夏彦先生

 妖怪味はうす塩風味。短編集なのですが、殆どの回で妖怪について詳しく語られる事はないような。つまり、登場人物達が妖怪を意識する事も少ないですね。そもそも妖怪を意識させるのは京極で、それは憑き物落としに必要だから――っていう理由があるので、憑き物落としをしないなら意識させる必要もないんでしょうな。
 しかし……妖怪の講釈を垂れて欲しくて本でいる者には妖怪成分が物足りないかもです。
 ただ、短編1つ1つを読んで冒頭の指し絵にもなっている図画を見て――なにか思う所ある感覚は好きでした。

 特に印象に残っているモノだけピックアップして……。

●小袖の手
 魍魎の匣から、絡新婦へと繋がっている裏舞台。
 よもや杉浦さんと柚木一家が近い所に住んでいたとは。なんて、本編でもビックリした訳ですが。杉浦さんサイドから語られる過去というのも新鮮でした。京極に「友禅を纏っている時が一番自分の意思で動いている」と言われた杉浦さんは、その実絹子さんになったつもりで振舞っていたんですかね……。
 陽子さんは確か父の気を引きたくて、あんなに敵対視していた絹子さん――に、似ているという自分の容姿を逆手にとって、絹子さんの形見である着物を着て――なんて事を魍魎でやっていた気がするんですが、その魍魎では陽子さんと加菜子は似ている、と言っていたような……。
 なんかそんな所から、加菜子が遊びと言っていたが、陽子さんは――なんて事を考えて背筋が寒くなったような気分になりました。……真意は、当人のみぞ知る。

●一口鬼
 鬼ごっこって、こういう遊びだったんだな。なんて事を思ったり。なんの、と聞かれたらば魍魎の匣のサイドストーリー。
 鬼はなんなのか、という考えには沢山の説というか考え方があるのでしょうが、ここの話はとても面白かったです。なんだろう、長い話なのは今までと変わらないけれど、その話を裏付けるのが自分達にとっても身近な鬼ごっこという遊びだったからかもしれんです。移るのか、そうか……。
 なんとなく、「ならば鬼神はなんなんだろう」と考えて、結局「人ならざる人のもっと凄いバージョン」という考えに落ち着きました。ビヴァフィーリング(考えなしともいう)
 ここで出てきた久保俊公は、本編以上に不気味でした(褒め言葉)
 魍魎の読者ならば、「あの子はあの後――」と薄ら寒い気持ちになりますが、登場人物(語り手)の側からしたら「なんだったんだあの人」ってなるんですよね。どちらも空恐ろしいに代わりはないんですが、後者はより久保が妖怪っぽい印象になりそう。

●火間虫入道
 この話を読んで始めて、最後の最後に飛び出して来た人って刑事さんだったのかと知りましt(刺)
 悪気はないんだよっ。その証拠に、性格役割が出てきたらちゃんと覚えてたよ。――塗仏の裏話。
 ぶっちゃけると、始末の方は最後が曖昧なんですが;
 また……借りるか。

 火間虫入道を私が初めて知ったのは、確かぬ~べ~ですな。怠け者の若者が成ってしまう、という。勤勉な人の所に現れて仕事を邪魔する妖怪、でしたっけ? ――その考えを元にすると、他人の仕事を横取りするような事をしてしまっていた岩川さんは確かにそれっぽいけれど。その実その岩川さんを唆したのは藍童子なので、誰が火間虫入道なのか、と問われれば藍童子だったんじゃないか――なんて思ったり。

●毛倡妓
 木下さんはあれ、娼婦が嫌いというより怖いんですよ、ね?
 親しかったお姉さんがいて、話をしていて……え? ちょっと待ってよ。じゃああの時のはなんだったの? という、最後まで謎を残した、ミステリーというよりもホラーな1話でした。怖い。けれど、その理由が分からない。だから怖い、みたいな。薄ら寒い。

●川赤子
 そう言えば、関君は子供が苦手なんですよね。それだけでなく海も怖いだとか、姑獲鳥では「よくもそんなモノが怖いな」と思いつつ、納得してもいた「怖さ」。なんというか、関君の怖さって言うのは「おおよそ自分じゃ敵わないモノ」への畏怖な気がします。――これじゃ格好良すぎるか(蹴) 悪く言えば、自分を卑下した上での開き直りのような、そんな怖さなような気がするのですよ。開き直っているのだけれど、それでも自分のプライドを捨てられなくて。これ以上自分の格好悪い所を曝け出したくない。それを恐れての、ある種畏敬の念が歪んだような。個人的な解釈っすけど。
 それはそうと。自分の地元にも念仏橋ってあるんですけど、つまりあそこにも河童が(以下略)
 全国的にも多いそうですねえ。
 関君は情けない奴なんですが、中々どうして彼視点で描写されているシーンを真剣に読んでいると引きずられる・・・・・・気がします。あの苔が生えてきそうなテンションの低さだとか、記憶力が無い頭が悪いと言われつつ余計な事ばかり考える思考だとか。だからこそ、関君には京極みたいなのが近づいてきたんだな、うん。あいつってば人間が好きやから。でもそれを態度には表わさないツンデレさんだから(蹴)

「百器徒然袋―雨」/京極夏彦先生

 これはやばい。
 なんつーかアレだ、百鬼夜行シリーズにあるまじきテンションでした。「空気が躁になっている」は個人的にピンポイントでツボ付かれました(笑)
 榎さん中心にしただけで、これだけ作風が変わってしまうとは思わなんだでした。
 語り部の「僕」は、ついに本名で呼ばれる事がなかったんすな(wiki見つつ)――ふぃー。良かった。今回ばっかりは自分の記憶力の所為でないらしく(自信を持てぬ記憶力なぞ)
 百鬼夜行シリーズでの、妖怪図画以外の挿絵というのがとても印象的でした。すんげえカットなのですよ。
 そしてどこまでも「解決」という言葉を使われない探偵が……(笑)
 彼には確かに、解決するっつーよりぶち壊すだとか言う言葉が似合っている気がします。

●鳴釜 薔薇十字探偵の憂鬱
 立場的な意味合いもあり――なんとも気分の悪い事件でした。怒るつーか、憤るまでいかんでもこう、冒頭は始終モヤモヤと(先進もう)
 しかしそんな鬱憤を払って余りある、榎さんのハイテンションの嵐(笑) その破天荒っぷりは当事者となってしまった者からしたら堪らないのでしょうが、見ている分には大笑いでした。そして、ヤベェちょっと巻き込まれてみたいかも、というとてつもなく危ない思考になりかけます。榎さんに巻き込まれたら危ないじゃすまなそうだけど。
 ここで登場する京極はとても大仰な舞台な舞台装置を作る訳ですが、それにどれだけ労力がかかろうがなんだろうが、探偵こと榎さんにとっては全てが前座っていう。潔いというか、豪快というか。もうめ、惚れ惚れとするしかあるまいよあの傍若無人さ。意味不明さ。――ちょっと尊敬しちゃってるかもしれない(蹴)
 前述の通り「なんだこいつら」と思っていた奴等だけあって、しかも天誅の内容がくだらな過ぎて、思う存分「ざまあw」と思えた最後でした。ある意味綺麗。
 しかしオカマは――嫌いじゃないぜ、オイラ。逆に好きかも知れない。この話で更に惚れたかもしれない。

 河川敷砂利彦――という名前より、「修行中だから適当で良いのです」と、適当なのは認めつつも華麗にフォローする適当さがウケました。

●瓶長 薔薇十字探偵の鬱憤
 元はいえ依頼人を下僕扱いとはどういう事か(褒め言葉)
 なんだろう、潔く「ヤクザ」にカテゴライズされてしまう木場修には惚れ直しました。流石俺達の木場修だぜ! みたいな。それでこそ木場修なんだというような。なにも聞かされてなかった様だし、懐の手帳を出すまではずっと素だったんでしょうね。――ヤベェ。素でヤクザと間違えられる警察とかちょうどすとらいく(蹴)

 「――呪いでもかけてあげましょうか」

 怖い怖いと形容される京極にそんな一言をかけられたら、前振りの長ったらしい話がなくったって落ちると思うんだ色々と。色々と。榎さんっていう、凡人には理解できない無秩序の中にある彼の呪いという名の秩序が、こういう所にチラリと垣間見えてそれが心地よいのですこのお話。

 そして正直キヌだのセージだの、名前が多い件はムシクイってば殆ど覚えられ取らんのでとばしますが(殴) 榎木津ファミリーが会する場には1度行ってみたい様な怖いような気がするのです。どんな扱いされたもんか分かったもんじゃねえ。きっと意識して酷い扱いはされんと思うのです。が、絶対酷い事は言われる。させられる。これだけは言える(笑)

 狼狽している輩を前に、笑いを堪える京極は新鮮だなと思いつつ。その意地意地悪さが好きなんやという想いも捨てられんです(呪)

 壷田君というのは、命名のシーンも相まってとても覚えやすかったぜ。――下は忘れたけd(ry)

●山颪 薔薇十字探偵の憤慨

 「同じ宗派ですな!」――って、アレェ!?
 なにやら新しくて暑苦しい下僕が増えた様子の薔薇十字団。なんつーの? この、下僕を認めるどころか誇りに思っちゃってる所つーの? そんな所には腹を抱えて笑わせて頂きました。おま、そんな意気まんでも……!(笑)
 どれだけの事があったんだろ。
 この話では、河川敷だの壷田だの下金だの言われている人に散々「その人の様にはなりたくない」と言われ続けてきた関君がついに登場して、下金君がなにを思うかもまた面白かったっす。一々「よく食い下がるな」だの「会話をする努力はするようだが聞きとり辛い事は変わらない」だの上から目線。関君……舐められてるな。そしてそれでこそだな関君(蹴)
 事を成すにあたっては息が合っているのか、結局はそれぞれがそれぞれを利用しているだけなのか、どうとでも取れる薔薇十字団が薔薇十字団らし過ぎます。そして伊佐間は何を語るでもなく相手に理解させる会話の仕方といい、自らも察したりといい、のんびりした雰囲気には癒されました。
 彼らって、なんというかどことなく上下関係があるように思うんですよ。薔薇十字団だとかいう枠に入れようとすると、1人上の方にはみ出しているのが神こと探偵こと榎木津で。そんな枠関係なしに考えると幼馴染であり理屈なんざ知らねえよと言いつつ、自らの理屈を捏ねる木場とは対等なのだろうし。京極は京極でちゃかり自分の位置は確保してそうだし。今川や伊佐間は基本的に自由に出入りしている(その場に居合わせた者が~ならこの表現は不適切かもですが)――が、関君は徹底的に下、と。それが彼らしいと思いつつ、そう言う所もひっくるめてまた彼等は「一味」なのだろうと。仲間というのも、腐れ縁というのもまた合わん。うん。
 とりあえず正座云々の修正を利用されちゃう関君は弄られキャラでオイシイと落ち着いてみる。
 クライマックスで大暴れ(したりなかったらしいが)の榎さんと、阿鼻叫喚なその空間で1人自由に動き回る京極はとても印象的でした。それにしても誰にも気づかれんとは京極は本当に人間なのかと。そしてそもそもそんな事をしでかした理由は「ヤマアラシが見たかった」って、榎さんってばどこまでも――あぁくそう、おいら榎さんが好きすぎるぞ。
 とりあえず、あの人は商売をしているつもりなんてないんだろうなぁ、なんて。

「今昔続百鬼―雲」/京極夏彦先生

 こちらは〝多々良先生行状記〟との副題がついている通り、センセイと沼上君との妖怪好きな2人組の旅行道中故講釈が多め。なので妖怪好きにとっては事件の善し悪し関係なしにオイシイかもしれない1冊。――ただし。この多々良センセイ、とってもウザい。関君といい僕といい沼上君といい、常識人(?)は苦労せざるを得んのかこの作品は(笑) と、いう程のキャラの強さ。本編――少なくとも絡新婦の後だから、宴ですよ、ね? に出て来た時の多々良先生はもっと落ち着いていて人が良さそうな気がしたんだけどなぁ。若さかなぁ。それとも、京極に怖い顔で注意されたんだろうか(笑)

●岸涯小僧
 河童・合羽・カッパ。こういう言葉遊びが、そもそも百鬼夜行図を彷彿としますよね。結局犯人はいないというのが明確な答えだったのですが、それに至る以前のセンセイと沼上君との出会いだとか、至った後に続く村木老人のバックアップだとかいう繋ぎの話が1番最初に来るという構成がとても楽しい。
 そして事件に対し、独自の視点というのかな。「そういうことは知らないの」とアッサリ言ってしまう――ゴチャゴチャ言う京極とは違って簡潔で素直な――富美ちゃんがどれだけ癒しか!(笑) 性格が可愛い、というのもあるけれど。それだけではなくて作品内で唯一聡明で、納得のいく解釈の仕方を与えてくれるのがとても嬉しいです。
 センセイ? センセイは賢いっつーか、雑学が豊富なのですよ。なにより結果として事件を解決させたとしても不可抗力だし(なんか違うような合ってるような)

●泥田坊
 田を返せ。田を反せ。田岡、伊勢。田尾、返せ。太郎、佳恵――
 私も、それが良いなぁ。
 最後に苦々しい事実――望まぬ事件であった――という結末の中に、そういった誤ってしまった人(≒生きている者)を救う様な、一握りの優しい解釈がある辺りがミステリーっぽいというか、好きでした。

●手の目
 あぁ、これもどこか遣り切れない事件だった。
 それはとりあえず置いておくとして、大好物の妖怪講釈――手目とか手の目とか、まるで妖怪ありきでそっから事件を作ったかのような構成はとても面白い。さらに言えばその行き当たりばったりさは彼等の道中を彷彿とさせてくれて微笑ましい。のは良い。良いのだけれども……。
 しかし本当の意味で「事件を」見破っていないという辺りが特に。特にやりきれないんだ自分はー!(吠)

●古庫裏婆
 どうしてこう、彼等の道中は行き当たりばったりになてしまうのか……。
 ま、センセイの所為なんだけど。
 旅の計画中に我を通して沼上君に譲らせ、そして置きながら旅行中に変更しようと言い出すセンセイなんてセンセイで十分だい! 漢字なんて使ってやるか! な気分です。沼上君の気持ちは分かるぞ。よーっく分かる。
 そんなこんなで婆様の罠にハマってしまった御一行。そっから警察に至って――まさかの里村登場に、その時点で拭いてしまったw いやね、彼が自分のメス捌きを自慢するのも解剖好きを豪語するのは本心からなんでしょうが、ね。癒し系な口調なのに、タダではそうはならざる発言内容が全てを台無しにしてしまうのが彼のオイシイ所。
 縫うのも得意って事は術後の経過も良いんでしょうかね。――でも手術は頼みたくないなぁ。余計な所切られそう。
 あ、でもそれがきっかけで悪い所早期発見→即切除とかになるんすかね。――でも手術は頼みたくないなぁ。
 要するに、彼は人体を弄るのが好きなんでしょうね。うむ。
 〝「黒衣の男」も友情出演!〟とあったので、名前は出ないのだろうと。だから京極の出番もあの宿ですれ違ったので終わりなんじゃないかと。そう思っていたので、最後の最後に登場した時にはビックリしたと同時に凄く嬉しかったです。
 全体的に行き当たりばったりっていう言葉を多用している気がするんですが、それだけに「そこへ至った偶然」はあっても「至った理由」はないんですよ、彼等は。なんと言ったら良いですかね……。多々良センセイ御一行はなんとなく移動していて、なんとなく事件に巻き込まれて、なんとなく妖怪の事を考えていたら解決しちゃったじゃん。なんですが、京極の場合は一挙一動一足が計算ずくで故に理由があるというか、「お前どこまで考えてるんだよ!?」っていう底の知れなさが好きなのです。前者はとても共感は持てるけれど良くも悪くも俗世的(≒一般人)で、京極は飽くまでも傍観者として憧れる対象であっても浮世離れしている。共感は出来にくいキャラなのでしょうけれども。けれどもやっぱり、京極の方が私は好きなんどす。


 ――どこが簡潔なんだろうね。
 疲れてしまったので見直しなしに投稿しちゃうぜ!(蹴)
 修正するのは……後日。できたらするかm
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